ラグジュアリーインバウンドの先駆者が語る、 「真の富裕層おもてなし」とは?/髙野雅臣 (株式会社クリル・プリヴェ Founder & CEO)インタビュー
近年、日本のインバウンド市場においてラグジュアリー層への注目が高まっている。
「高付加価値なインバウンド観光地づくり」は、地域の価値と収益を最大化しながら
持続可能な観光を実現するために欠くことのできないテーマだ。今後、日本のラグジュアリートラベル市場を育成していくためには、何が必要なのか? この分野の草分けとして、個人のニーズに合わせたテーラーメイドのラグジュアリートラベルプログラムを提供する株式会社クリル・プリヴェの高野雅臣氏に聞いた。
ホスピタリティ業界での豊富な経験を経てラグジュアリートラベルの世界に
――髙野様が、ラグジュアリートラベルの分野で事業をスタートされた経緯について教えてください。
髙野 ホテルでの経験が現在の礎です。大学卒業後に日系ホテルに入社し、幹部候補生として、ホテル全般の業務を学んだ後、VIPに対する接遇やホテルマネジメントを行う部署に配属になり、ホテル運営全般について学びました。
その後、国会議員秘書として数年間働いていたのですが、「もう一度ホテル業界で働きたい」という思いから、独立系ホテルコンソーシアムに入社しました。この会社では日本・韓国代表として様々なラグジュアリーホテルのセールス&マーケティング支援に携わり、ネットワークも広がりました。その後、ホテル開発会社へ転職し、いくつかのホテル開業に携わり、総支配人として勤務。これらの経験を通じて、富裕層の方々が、どのようなことを求め、どのような提案をすれば顧客ロイヤリティーを上げることができるのかを考えることが習慣となり、より一層のパーソナルな対応の必要性を感じ、ここにニーズがあることを実感しました。2011年に独立し、その後、クリル・プリヴェを創業しました。
世界では注目されているラグジュアリートラベル市場は、創業当時、日本国内では今ほど注目されていなかったこともあり、ラグジュアリートラベル、ラグジュアリーホスピタリティというニッチな分野を専門とする企業としてスタートしました。2016年頃より、観光庁とラグジュアリートラベル市場の勉強会を立ち上げ、数々の検討委員会にも有識者として参加。コロナ禍以降に、日本政府が従来の「訪日客数の増加」だけでなく「旅の質、体験価値の重要性」の方針を打ち出し、高付加価値旅行推進の施策や、あわせて東京、京都などでもラグジュアリーホテルの開業などが重なり、世界の旅行市場もデスティネーションとしての日本の認知度が向上したことも後押しとなりました。2016年には、権威あるラグジュアリー旅行ネットワーク「Virtuoso ®(ヴァーチュオソ)」(注)から日本初の正会員として招待され、その後 Virtuoso Member Advisory Boardにも就任して、現在の事業形態に至っています。
(注)「Virtuoso ®(ヴァーチュオソ)」は、世界58か国にわたって1,200社以上の旅行会社ネットワークと2万人ほどのラグジュアリートラベルに精通するアドバイザーを有する、アメリカを拠点とするラグジュアリー旅行ネットワーク。加盟には厳しい審査基準が設けられており、高品質なサービスを提供する企業のみが加盟できる。
旅を通して、顧客に「気づき」、「人生の転換点」、「一生の価値」を提供したい
――貴社は、特にラグジュアリー層のインバウンド顧客に対して、「テーラーメイドの日本の旅」を提供されています。具体的にはどのようなサービスを提供しているのか、具体的に教えてください。
髙野 日本の歴史・文化、食・アート&職人の技、自然など、お客様一人ひとりの要望に合わせて唯一無二の旅をデザインし、旅を通して「気づき」、「人生の転換点」、「一生の価値」を提供することを目指しています。そのため、プランニングにあたっては、ヒアリングを繰り返しています。通常でも来日前に約20回、多い時には50回ほどやり取りを行います。具体的には、お客様のライフスタイル、文化認識、同行者(カップル、ファミリー、多世代旅行など)はもちろん、「早起きして活動するタイプか、ゆっくり過ごすタイプ」など、細かくヒアリングします。
私たちの仕事を表す言葉として、弊社では「トラベルキュレーター®(Travel Curator)」(注)と名づけています。平たく言えば「旅の総合演出家」といったところでしょうか。
(注)「トラベルキュレーター®(Travel Curator)」は、株式会社クリル・プリヴェが商標登録している名称です。
先日も、欧州で弁護士をされているお客様から、「日本でアニメに関する場所を巡りたい」と依頼をいただきました。当初は、アニメが好きなお子様に喜んでもらいたいというリクエストなのかと考えていました。家族の希望を優先的にして行程作成を進めていましたため、ご本人の来日の目的が後回しになっていました。そこで、ご本人の来日目的をお伝えいただいたところ、アニメ訪問の意図は、ご自身が幼少期に夢中になり、愛してやまない、「デビルマン、マジンガーZを生み出した永井豪の世界を探求したい」ということだったのです。
このように、アニメ好きと言って単に秋葉原、池袋などを訪問するのではなく、お客様の嗜好(どのアニメを求めているか)によって、訪れる場所も異なります。あらかじめ詳細にヒアリングを重ねて、お客様の求めるモノ・コトに最適な場所を訪れる。場合によっては、作家さんと交渉して、直接対面する機会をアレンジすることもあります。
また、旅のプログラムを作成する際に、常に心がけているのは、必ず「余白を残す」ことです。例えば、旅先でお客様に新たなアイデアが浮かんで、「こんなことをしてみたい」と要望されたとしても、隙間なく組んだ行程では、組み直すことも一苦労です。食事についても、「そろそろ身体も胃もお疲れのころだから、ランチはゆったりと時間を取り、涼しいところでお昼寝、スパトリートメントなどされてはいかがですか?」などと提案することもできます。プログラムに柔軟性を持たせておくことで、こうした臨機応変の対応が可能となるのです。
お客様は旅のなかに「セレンディピティ」(素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見する喜び)に触れると人生にも革新的なアイデアがもたらされたり、新たな可能性が広がったりすることがあります。ふらりと立ち寄ったお店でお気に入りの作品に出会ったり、伝統工芸の作家さんとの対話を通じて深い感動を得たりすることですね。私たちは、お客様により多くのセレンディピティを提供できるよう努めています。
具体的には、作家さんの工房を訪ねる際にもこの作品の背景や作家さんの哲学をはじめとして、お客様が知りたいことはどのようなことかを推測し、作家さんが話をしやすいように流れを作り、時には質問することもあります。そうすることで、作家さんが自分の思いを語りやすく、また頭の中で思い描いていることを言語化するサポートも目立たないようにお手伝いします。こうした配慮によって、お客様にとっては単なる見学ではなく、「心に残る体験」となりますし、この作家さんの作品をご自宅に持ち帰り、旅の記憶にと購買につながるケースも多々あります。
お客様の体験を価値あるものにするためには、ご案内する私たち自身が、日本の文化や芸術に対する理解を深めておく必要があります、そのため、日頃から美術館を訪問したり、食・アート・文化に関する体験などを積極的に行い、本物に触れる機会、専門知識を養うなど準備を怠らないようにしています。
ふらりと立ち寄ったお店でお気に入りの作品に出会ったり、伝統工芸作家との対話を通じて深い感動を得たり…“セレンディピティ”は旅の重要な要素だ。
写真提供/一般社団法人越前市観光協会(Direction: HUDGE co.,ltd)
また、旅行中はS N S・コミュニケーションアプリを使い、常にお客様と連絡を取り合い、レストラン・手配関連の変更、さらには体調管理、緊急時の対応など、お客様のさまざまなご要望にリアルタイムで対応します。
――お客様の平均滞在期間はどのくらいですか?
髙野 弊社では北米と、欧州ではイギリス、フランス、スイス、ギリシャのお客様が中心で、多くが40代から50代前半の代々引き継がれた資産家、会社経営者、アート関連のお客様です。滞在期間は2~4週間という方が多いですね。アーティストやデザイナーのお客様の場合、日本でのエキシビションに合わせて来日され、1か月以上滞在されるケースもあります。伝統工芸の匠との対話や、素材の成り立ち、背景やその歴史について学びを深め、似たような思いを持つ方との接点は、作品への活力、ひらめきにも繋がると大変喜ばれています。
――富裕層のお客様は、日本での旅に何を求めているのでしょうか?
髙野 日本の「静かで奥行きのある文化やライフスタイル」、「知恵の深さ」、「職人が仕事に打ち込む姿や、技の奥深さ」などに関心を示し、旅を通して探求を楽しむという方が多いですね。お客様の多くは、来日前には日本について書かれた書物を何冊も読み、あらゆる角度からリサーチされていると感じています。そのため日本文化に関する造詣が深く、「IKIGAI(生きがい)」や「ICHIGOICHIE(一期一会)」といった言葉は、彼らの間では共通語になっているほどです。全体として、物質的な豊かさとは対極的な「心の豊かさを追い求める」傾向にあると感じています。
富裕層旅行者の間でも、物質的な豊かさとは対極的な「心の豊かさを追い求める」層も多い。
マーケットインの発想で「新たな一歩を踏み出す勇気」が必要
――今後、日本がラグジュアリートラベルを推進していくにあたって、欠けている要素、改善すべき点は、どこにあるでしょうか。
髙野 私は地方自治体や観光関係団体などの依頼をいただき、地元と一体となった観光戦略や課題解決に携わる機会も多いのですが、課題の多くは受け入れ側にあると感じています。
例えば、お客様のリクエストに対して、もう少しだけでも工夫をすれば実現できることでも、「このようなリクエストは受けたことがない」、「適切な価格設定ができない、どうしたら良いのか」、「失敗したら怖い」などとチャレンジする前からやらない理由が先行して断ってしまうケースが見受けられます。また、「マーケットイン」(市場や顧客のニーズを起点に製品やサービスを開発・提供するアプローチ)の発想が乏しく、「良いものを作れば売れる」というような、過去の成功経験にとらわれた商法が引き続き多いことも問題だと思っています。
また、他の地域で成功した事例をそのままコピーして進めるケース、地域の価値をしっかり盛り込まずに遂行してしまうケースが数多く見受けられます。これでは、他の地域との差別化ができず、結果的にコモディティ化、価格競争に陥ってしまいます。来日する旅行者は、「その地域でしか体験できない、魅力あふれる独自の風景や文化」を求めているのです。もっと地域ならではの魅力を発掘し、トライ&エラーを繰り返しながら独創的なコンテンツをつくりあげる……そんな「新たな一歩を踏み出す勇気」も必要だと感じます。
――そのためには、既存の価値観にとらわれない新たな人材が必要だと感じます。今後のラグジュアリートラベル業界を担う人材の育成については、どのようにお考えですか?
髙野 弊社には26歳の若手スタッフが在籍しており、彼はモナコ大学でラグジュアリーマネジメントを学び、欧州高級時計総代理店で働いていました。異業界から観光業界に入って、弊社で2年頑張ってくれています。地域振興やサステナブルなど様々な分野を積極的に学び、現在は観光戦略、地方創生支援にも主軸として活躍してくれています。
「Virtuoso ®(ヴァーチュオソ)」で活躍するトラベルアドバイザーたちの経歴を見ても、旅行業界出身者はむしろ少数派で、戦略コンサルティング、国際弁護士、ホテルマネジメント、サステナブル、アート業界など富裕層の好みを知る専門家が、さまざまな分野から参入しています。観光業界も、旅行会社のみならず、他業界の知見やクリエイティブな考え方を積極的に取り入れることで顧客とのより良い関係構築や、業界の活性化にも寄与すると考えています。弊社では、業界のプロフェッショナルのみならず、他業界からチャレンジする若い優秀な人材をサポートしていきたいと思います。
――最後に、今後の展望についてお聞かせください。
髙野 人々を取り巻く環境が目まぐるしく変化する中で、外国人旅行客は日本の旅に異文化の探究とともに「ほっとできる場所」、「時が止まったように感じられる空間」、「気づきを感じられる体験」を求めています。真の富裕層おもてなしとは、技術やサービスを超えた「人のパッション」が込められたホスピタリティの実現にあるのです。そんなパッションを持った人たちとともに、日本のラグジュアリーインバウンド市場を盛り上げていきたいですね。
プロフィール
髙野雅臣
株式会社クリル・プリヴェ Founder & CEO
大学卒業後に日系ホテルに入社し、ホテルマンとしてキャリアをスタート。
その後、国会議員秘書、ホテルコンソーシアム日本支社代表などを経て2017年に独立。クリル・プリヴェを創業。観光庁インバウンド富裕層滞在タスクフォース委員、東京観光財団富裕層観光促進アドバイザー、奈良県観光戦略本部会議委員、静岡県観光関連検討委員などを歴任。
https://www.cril-privee.com/
Photos/ Masatoshi Sakamoto Text/ Akira Umezawa