「万博レガシー」を未来へつなぐために/鳥井 信吾(大阪商工会議所会頭)インタビュー

Photos/坂本 政十賜
2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)は、10月13日に閉幕を迎えた。
総来場者数は2,500万人を超え、好評裏に終了した万博だが、ここで培われてきた海外との交流実績や、先端技術の集積は、果たして“ポスト万博”にどのように生かされるのだろうか。
「万博レガシー」を未来へ繋ぐ試みの一つである、世界から医療・ヘルスケア分野のスタートアップ企業を集めたピッチイベントの会場で、日本国際博覧会協会の副会長でもある、鳥井信吾・大阪商工会議所会頭に、そんなポスト万博の大阪像について訊いた。
「スタートアップは未来への希望です」…鳥井会頭はイベント冒頭の挨拶で、力強くそう言い切った。
9月16日、大阪国際会議場は、内外から集まった起業家、投資家、政府関係者など約300名の熱気で満ちていた。このイベント「メドテック・グローバル・ピッチ・ショウダウン」は、21カ国・地域から106社のスタートアップがエントリーし、選ばれた8社が決勝に臨むピッチコンテスト。大阪商工会議所(大商)と、オーストラリアの医療・ヘルスケア専門のスタートアップ支援組織「メドテック・アクチュエーター(MTAC)」共催で実現した。
万博を契機に、関西に集積している医療・ライフサイエンス産業をスタートアップの力で盛り上げたいという、大商の意欲が伝わってくるイベントだ。日本発医療スタートアップに最優秀賞を授与したばかりの鳥井信吾・大商会頭に、万博後の大阪ビジネスの行方について、インタビューを行った。
「国際交流を、止めてはいけない」

――大阪・関西万博がいよいよ10月13日には閉幕を迎えます(取材日: 9月16日)。日本国際博覧会協会の副会長も務められている会頭としては、どのようにこの万博を総括しますか?
まずはその国際性でしょうね。国境を越えて多くの人々が大阪の地に集まった。そして、各国が独自の技術や、芸術、食文化を表現し、それに日本人が触れたということが大きいのではないのでしょうか。世界に出ていくということの重要性を、改めて知らされたと言えましょう。
今世界では一部に保護貿易的な動きも出ていますが、人類の歴史が始まって以来、国際的な交流はずっと行われてきていて、それを止めてはいけない。フェイス・トゥ・フェイスで知り合いになることで、いらない誤解や先入観は消えるし、次のより深い交流のステップに進めるということを、約2,500万人の来場者が実感できる良い機会だったのではないでしょうか。
展示自体はデジタルな空間が多いのですが、会期中、並行してものすごい量のシンポジウムやワークショップが“リアル”に開かれていた訳です。スペインやイタリアは州ごとに、中国も省ごとにトップが来日する。そしたまた、各自治体で文化がまったく違うのですよ。こうしたトップが集結するというのは、万博でないとありえない。
また、各国、官民で構成された「デリゲーション(代表団)」を連れてくる。そして彼らと日本サイドが各国館に行ってミーティングを行う。
たとえば、スウェーデンのヴェステルボッテン県のトップは、ある企業家を帯同してきました。当地のベリーを使った飲料を作っており、ヨーロッパで輸出事業を展開しているのですが、日本も買いませんか?と売り込んでくる。
また、今日もフランスのヴァルドワーズ県からエアモビリティの企業家が来日していたのですが、彼らは先進国ではなく、あえて鉄道やバスがまだ発展していない、しかしそれゆえにより産業に与えるインパクトが大きい、アフリカ地域にエアモビリティを導入しようとしています。こうした話が聞けるのもとても刺激的です。
「『医工連携』は大阪の得意分野だ」

――大商は、「大阪ヘルスケアパビリオン」内で、「リボーンチャレンジ」という展示を大阪産業局と共同でプロデュースしていました。これは、400超の優れた大阪の中小企業・スタートアップが、毎週入れ替わる形で技術をPRする場となっていましたが、どのような手応えを感じられましたか?
会期中、いつ訪れても来場者に大人気で、とにかく大阪のイノベーション、スタートアップを見たいという熱意を感じました。
たとえば、日常のドアの開閉で発電・蓄電する技術もここで紹介しました。それを日本人一億人がやったら相当な発電量になりますよね。
また、大阪の13の町工場や研究者が集まって、ヘリウムガスの浮力を応用した飛行船「ZIPANG」を開発するプロジェクトもありましたね。これを使えば道がない場所でも物資を運べるため、たとえば山から間伐材を輸送することに活用できないかというアイデアも出ている。成功のカギは、ヘリウムを充填するガス袋なのですが、ここに町工場のアルミ蒸着技術が応用されているのです。
このプロジェクトもトライアンドエラーを繰り返して進んでいます。抽象的な話ではなく、ある目的にむかって具体的なものを作っていく、そのプロセスが大切なのです。
そして、他社と協働することも同じくらい重要です。協業することで新たな発想が生まれてくる。すぐに売り上げにつながる訳ではありませんが、こうしたマインドを浸透させたことも、リボーンプロジェクトの大きな成果だと言えるでしょう。
このリボーンプロジェクトに参加した企業を中心に、社会実装を進めていく取り組みも次年度以降予定しています。
――「万博レガシー」の発展という意味では、本日開かれた「メドテック・グローバル・ピッチ・ショウダウン」も興味深いものでした。これは、大商と、オーストラリアを本拠地とするスタートアップ支援組織・メドテックアクチュエーター(MTAC)との共催です。同社とは包括連携協定も結んでいますが、どんなことを期待していますか?
彼らは、これまでに1,000社超のスタートアップを支援し、資金調達額は約750億円に上るなど、非常に経験豊かです。そして、オーストラリア、シンガポール、そして2024年には大阪(うめきたエリアにあるイノベーション創出拠点「JAM BASE」内)にも拠点を設置し、一国にとらわれず、国際的に活動しているというのも大きい。また、スタートアップが育つエコシステムを作り上げていくための業務フローをよく知っている。この3つの要素が彼らと組もうと考えた大きな理由です。
今日は各国の競争を勝ち抜いてやってきたスタートアップが集う、ピッチコンテストのファイナルステージだったのですが、どの会社も素晴らしいと思いました。
どこに感心したかというと、まず、「創薬」分野とは違って、どちらかというと「医工連携」(医学分野と工学分野が連携し、新しい医療機器を開発すること)に近い点です。
医療現場のニーズに対して、機械を使った製造業的な面からアプローチすることは、特にものづくりが得意な大阪に優位性がある分野だと思いました。
今日の発表でもナノマシンとAIを応用してがんを検知する技術を開発している企業がありましたね。AIシステム自体の開発ではなく、AIやロボティクスなどの技術のかけあわせや応用は、大阪が強い分野だと思っています。こうしたピッチコンテストを皮切りに、MTACとは万博後に大阪を、スタートアップで盛り上げるような独自の取り組みを一緒に考えていくつもりです。
【Profile】
鳥井 信吾(とりい しんご)
1953年大阪府生まれ。83年にサントリー入社。2014年よりサントリーホールディングス副会長。大阪青年会議所理事長、関西経済同友会代表幹事を歴任し、22年3月より大阪商工会議所会頭。日本国際博覧会協会の副会長も務める。

9月16日に大阪国際会議場で開かれた「メドテック・グローバル・ピッチ・ショウダウン」の模様。華やかなネットワーキングディナーの場で、ピッチコンテストを行うという、ユニークなスタイルのイベントだ。

国内外の政府機関、外資系企業を含む大企業や、医療機器、製薬企業、投資家、医師、KOLなど約300名が出席。会場内では盛んに情報交換が行われていた。

ピッチコンテストでは、世界21カ国・地域から選抜されたスタートアップ8社が集結し、世界の医療・健康課題に応える革新的な技術とアイデアを発表した。

最優秀賞である「大阪商工会議所会頭賞(賞金:500万円)」を獲得したのは、フィジオロガス・テクノロジーズ株式会社(神奈川県相模原市)。給水不要の在宅血液透析装置の開発を手掛ける。