多様化する日本のインバウンド・マーケット/ルイス・ロドリゲス(ブッキング・ドットコム 日本代表)インタビュー

東京オフィスのルイス・ロドリゲス氏。
写真/千倉志野
世界最大級のオンライン宿泊サイト、ブッキング・ドットコム。ルイス・ロドリゲス氏は、その日本エリアにおける統括責任者を務める。
インバウンド観光が大きな盛り上がりを見せているいま、彼が目指すのは、日本旅行体験の“多様化”だ。
富良野や奄美大島といったローカルエリアのプロモーションはもちろん、オーバーツーリズムへの対応から、サステナブル・ツーリズムや、LGBTQ+インクルーシブといった課題へも挑む。
インタビューでは、パンデミック後のリバウンド需要や、生成AIが担う役割の高まり、そしてテクノロジーが、いかに旅行者を日本の「穴場(off the beaten path)」スポットへと導き、ローカル経済を活性化させるかについて語ってくれた。
ブラジルからブッキングへ。旅への情熱がキャリアを後押してくれた
現在のブッキング・ドットコムの日本リージョナル・マネージャーという役職にいたるまで、どのようなキャリアを歩んでこられましたか?
私はブラジル出身なのですが、日本と出会った最初のきっかけは、以前勤めていたテック企業で、短期の出張のために訪日したことです。日本食や文化など、日本のすべてに心を引かれたため、しばらくこの国に留まることを決意しました。もちろん母国を懐かしく思うこともありますが、日本は私にとっての“第二の故郷”となったのです。
元々旅行業界には魅力を感じていたので、3年前にブッキング・ドットコムにジョインし、日本エリアの成長戦略を担当しています。特に宿泊施設のさまざまなパートナーの皆さまとの繋がりを大事にしながら、世界中のより多くの旅行者たちに日本の魅力を届け、来訪してもらえるようにするための戦略づくりも行っています。インバウンド増は、日本政府の大きな目標のひとつだと思いますが、私は、世界的なオンライン旅行代理店のリーディングカンパニーとして、目標達成に向けて大いに貢献できると信じています。
ブッキング・ドットコムは、日本へどの海外エリアから送客することが多いのでしょうか?
日本へのインバウンドの主要な市場は、ドイツ、フランス、イタリアといったヨーロッパの国々、そして米国です。もちろん、台湾、韓国、中国からの旅行者もかなりの割合を占めています。最近では、海外旅行に意欲的な東南アジアの中間層も増加傾向ですね。
新型コロナウイルスのパンデミック後、インバウンド観光が再び爆発的に増加し始めた時期に、ブッキングへ入社していますね。ビジネスには、どのような影響がありましたか?
私たちはこのトレンドを、「リバウンド・トラベル」と呼んでいますが、その勢いは今も非常に強いです。
最近の地政学的な不安定さも影響を与えておらず、旅行は、依然として世界の消費者が最も重視する分野の一つです。
日本はアジア全体で見ても市場を引っ張る存在として、極めて重要な役割を果たしています。今年上半期には、インバウンド観光客が2,100万人を超え、過去最高の数字を記録しました。
もちろん、東京、大阪、京都といった有名観光都市への訪問者数が多い一方で、地方への検索も増加しています。
旅行者からは、どういった地域が人気を集めていますか?
たとえば北海道、仙台、兵庫、高山といった、これまで特にこの時期(編集部注:インタビュー時は8月初旬)にはあまり訪れられていなかった場所が検索されています。これは、とても良い傾向だと私たちは考えています。日本が2030年までに年間観光客数6,000万人という政府目標を達成するためには、「旅行先(デスティネーション)の多様化」が、重要な要素の一つになるからです。

古い町並みを楽しめる岐阜県高山市。
より多くの人々に多様な目的地を訪れてもらうために、どのような施策を行っているのですか?
私の役割は、二つの分野における“アンバサダー”のようなものです。
一つは、もちろん「日本」をプロモーションすること。伝統的に人気のある場所だけでなく、新たな地方の目的地に対して、世界的な認知度を高める。そして本物の体験や冒険に誘うことです。
もう一つは、大手ホテルチェーンから伝統的な旅館まで、宿泊施設パートナーと連携することです。私たちは、旅行者を引きつけるために必要な戦略づくりを行えるよう、彼らをサポートしています。
「ゴールデンルート」をこえた旅へ誘うチャレンジ

サポート施策について、具体的な事例を挙げてもらえますか?
事業者サイドでいえば、宿泊施設のパートナーに対して、インバウンド観光客を受け入れるための45の言語対応、コンテンツ、カスタマーサービスサポートなど、多くのツールを提供しています。
消費者向けには、温泉、旅館、おもてなしの文化などをプロモーションしています。日本だからこそ提供できる「独自性」を紹介しているということですね。ヨーロッパや米国からのインバウンド観光客は日本での滞在が長くなる傾向があるため、映画やテレビシリーズで見たことのある、新たな旅先や体験、「独自性のあるもの」に興味を持っています。
日本には非常に多様なインスピレーション源や楽しみがあります。もちろん、高級懐石料理からラーメンまで、多岐にわたる食文化(ガストロノミー)もあります。また、自然とのつながり、アドベンチャーツーリズム、ウェルネスといった新しい世界トレンドに関連して、日本にはそれに応えられるものがたくさんあります。
たとえば北海道は、これまでスキーのために訪れる観光客がほとんどでしたが、夏に富良野へ行ってラベンダー畑を楽しんだり、北海道の他の地域を探索したりする人が増えています。

北海道富良野市のラベンダー畑
個人的に、お気に入りの穴場スポット(off the beaten path)はありますか?
最近、初めて奄美大島に行きました。日本の地方の魅力を感じられる、とてもゆったりとした雰囲気で、食べ物も素晴らしかったです。友人におすすめしたい場所ですね。最近は、ゆっくりとした時間を過ごし、時間をかけてその場所と心を通わせていけるような、オフシーズンの目的地を見つけるのが好きです。
オーバーツーリズムが、日本社会へ大きな影響を及ぼしています。この問題に対処するための戦略はありますか?
私たちの業界の誰もが、オーバーツーリズムを懸念していますが、さまざまな地域へ旅行者の来訪を促す大切な機会とも捉えています。
解決策の一つは、人々の旅行の選択肢を増やすことです。そのためには、旅行シーズンの分散や、空室状況のバランス、旅先の多様化について、見直す必要があります。
私たちは、宿泊施設のパートナーが、インバウンド市場全体の状況を理解できるように、サポートも行っています。たとえば、夏には旅行需要が全体的に低下するため、それが宿泊料金に反映されています。旅行者にとっては、今こそ、高級ホテルをお得に利用できる絶好の機会なのです。このように、私たちはデータを活用して、オフシーズンに観光客を呼び込むためのプロモーションを、いつ行うべきかを伝え、パートナーがよりサステナブルな意思決定を行えるよう支援しています。
旅行の未来形:サステナブル・ツーリズム、LGBTQ+インクルーシブ、生成AI
ブッキングが毎年発表している、「旅行トレンド予測」についてお話しいただけますか。今年の予測では、サステナブル・ツーリズムや、LGBTQ+コミュニティによる旅行、AIの活用といった傾向が見られますね?
「データ」は、ブッキング・ドットコムの核となる、まさにDNAです。これらの旅行トレンドを発見するために、お客様を対象に膨大な量のリサーチを行っています。
最新の調査でわかったことの一つは、お客様がサステナブルな旅行先や、LGBTQ+フレンドリーな選択肢を見つけるのに、とても苦労しているということです。
弊社のデータでは、旅行者の84%が「サステナビリティ」を旅行の意思決定における重要な要素だと考えていました。
これは、人々が旅行先に対して、「ポジティブな影響を与えたい」と考えており、そのためのさまざまな選択肢を求めていることを意味しています。私たちは、宿泊先パートナーが、この問題に対する意識を高め、トレーニングを提供できるようにしています。
サステナビリティの認証については、宿泊先パートナーに適切な機関から環境に関する認証を取得するようお願いしており、取得できた場合には、私たち独自の認証を与えています。
もちろん、必要な環境基準は場所によって大きく異なります。たとえば、同じ東京都内でも、ごみの分別ルールは地区によって大きく異なる場合があります。
ですから、主に重視しているのは、いかに環境に貢献できるか、そして宿泊先パートナーに環境への影響を理解してもらうかです。それは、使い捨てのプラスチック歯ブラシを提供するかどうかといった小さなことで、もしかすると、旅行者が宿泊先を選ぶ際に大きな影響を与えないかもしれません。ただ、環境へのインパクトという意味では重要な問題です。
LGBTQ+インクルーシブとも関係する、「Travel Proud」プログラムについても教えてください。
「Travel Proud」は、インクルーシビティ(包括性:多様性を尊重し受け入れること)に焦点を当てた、宿泊施設パートナー向けの認証です。
たとえば、同性のカップルやトランスジェンダーの人々が入浴する際、入浴エリアではどのように対応するべきか、その方法を学ぶのに役立ちます。昨年は、世界的に活躍するLGBTQ+のインフルエンサーを招き、「この場所は、はたして自分にとって安全な場所か?」といった旅先を決める際に考慮する観点を、共有してもらいました。
宿泊施設パートナーが認証を取得すると、私たちはオンライン上で、お客様がLGBTQ+フレンドリーな施設や、サステナビリティ認証を取得した施設で絞り込み検索できるように環境を整えています。

宿泊施設ページにある「Travel Proud」のバッジを参照することで、旅行者は「Proud Certified」認証を取得した宿泊施設を簡単に確認できる。
そしてもちろん、AIはインバウンドビジネスにおいて、多くの領域に影響を与えていますよね?
かつて私たちは、AIは未来のものだと考えていましたが、AIは「すでにいま、ここに実現しているもの」です。ある調査では、91%がAIの利用に期待していると答えました。約89%が今後の旅行計画にAIを利用したいと考えており、3人に2人はすでに旅行における何らかの場面でAIを利用しています。
私たちは「AI Trip Planner」というツールを提供しており、たとえば「日本に行くつもりだけど、何か人と違った体験をしたい。どこに行けばいい?」と、このツールにチャットで尋ねることができます。
また、目的地の選択から、宿泊施設の検索、交通手段の選択まで、シームレスな予約体験のためにAIを活用することにも注力しています。
通常、こういった選択はさまざまなサービスやプラットフォームにまたがって行われるため、フライトが急に遅れるなど、何か問題が発生すると、すべてが悪夢のような状況になってしまいます。しかし、AIはこれらすべてをシームレスに予約する方法を提供するだけでなく、変更が必要になったときにサポートまでしてくれます。AIは、より良い旅、より良い顧客体験を提供するために役立ち、世界中で活用されることになるでしょう。

2023年6月に米国でAI Trip Plannerがリリースされて以来、このツールはモバイルアプリを通じて、英国、オーストラリア、ニュージーランド、そして最近ではシンガポールの顧客が利用できるようになった。今後数カ月以内に、スペイン、イタリア、ドイツ、フランス、ポーランド、オランダで、それぞれの現地語で展開される予定となっている。
その他に、AIは将来、インバウンド観光にどのような影響を与えるでしょうか?
AIは、オーバーツーリズムについても理解しているため、人々の旅行先を分散させ、この問題を解決するツールにもなりうるでしょう。
また一方で、AIは地方で旅行ビジネスに携わっている人にも、大いに役立つのではないでしょうか。
私はよく「地方の旅館経営者は、AIの恩恵を受けることはできるだろうか?」といった質問を受けることがありますが、それに対して、「これはかつての『メール』をめぐる状況と似ている」と答えるようにしています。10年前、地方のほとんどの旅館にはメールがなく、電話で予約しなければなりませんでした。今では、ほとんどすべての旅館は、メールで予約できますよね。同じようにAIも当たり前のツールとなるでしょう。
私たちは、旅館組合や地方自治体と提携し、私たちが開発してきたテクノロジーを使って、彼らが新しい環境に円滑に移行できるようにしています。
最先端のグローバルテクノロジーの恩恵を受けられるようにすることで、地方の認知度とアクセス性が高まります。そしてお客様は、屋久島や四国のような場所で、体験型のコンテンツに触れ、宿泊施設を利用できるようになるのです。人口減少や経済的苦境に陥っている多くの地方が、観光客の流入によって確かな恩恵を受けることができます。これは双方にとって良い状況であり、旅行者にとっても、私たち旅行業界にとっても、非常にエキサイティングな時代といえるでしょう。
プロフィール
ルイス・ロドリゲス(Luiz Rodrigues)
ブッキング・ドットコムの日本代表として、東京オフィスを拠点に、日本における事業成長、運営、戦略を統括している。
2022年6月ブッキング・ドットコムに入社、地域の成長戦略を率いる。それ以前はグルーポンで8年半にわたり、APAC(アジア太平洋地域)セールス戦略ディレクターや、日本担当ゼネラルマネージャーなどの要職を歴任。
起業家精神に富み、ブラジルでは、数千人の学生を指導した「Centro Educational Horizonte」を含む2つのスタートアップの設立も行っている。
