GO WILD TOKYO 6/ 火を焚べて自然を学ぶ、檜原村にある会員制の小屋
東京といえば高層ビルやにぎやかな街並みを思い浮かべる人も多いが、実は大自然も存在するのをご存知だろうか。都心から少し足をのばした多摩・島しょ地域には驚くような自然が広がり、都会の喧騒を離れ、リフレッシュできる絶好の場所が東京にも存在する。最近旅行者に人気のアドベンチャーツーリズムは、「自然」「アクティビティ」「文化体験」の3要素のうち2つ以上で構成される旅の形である。日常を離れ、新たな発見をする旅へ出かけてみてはいかがだろうか。GO WILD TOKYO!
By AAJ Editorial Team東京の西端に位置し、総面積の約9割を森林が占める檜原村。都心から車でわずか1時間半とは思えない、手つかずの自然が広がるこの地は、トレッキングや川遊び、釣りなど多彩なアウトドアアクティビティが楽しめるスポットとして知られている。
ここは、東京都で島しょ部を除く唯一の「村」であり、昔ながらの山里の風景や文化が今も色濃く残る地域。かつては林業や山岳信仰とともに栄えた集落に、最近ではカフェやサウナ、宿泊施設など新たな拠点が生まれ、少しずつ若い感性が息づいてきている。歴史ある土地に新しい風が吹き込み、古さと新しさが無理なく調和する、今注目のエリアである。
そんな檜原村に、2025年3月、会員制のアウトドア宿泊施設「HINOKO SHELTER」が誕生した。コンセプトは、「焚べて、さずかる。」 。焚き火、薪ストーブ式サウナ、暖炉──3つの「火」を通した体験を軸に、自然と向き合い、五感を研ぎ澄ます時間を提案する場所だ。今回は特別に、その会員制施設を体験してきた。
大地に溶け込む、"焚べる"ための小屋
南秋川を見下ろす抜群のロケーション。
2025年3月にオープンした、会員制アウトドア施設「HINOKO SHELTER」は、清流・南秋川のほとりに静かに佇む。まるで大地からそのまま生えてきたかのような姿が印象的で、周囲の自然と美しく調和している。
「この土地は岩盤が立ち上がっている特徴的な地形をしているので、その力強さと調和するような建築を目指しました」と語るのは運営を手掛けるトレイルヘッズ株式会社の増田桃子さん。
トレイルヘッズは、オフィスや商業空間のプロデュースを強みとする会社。“働く・暮らす・遊ぶ”を横断するプロジェクトを実践し、檜原村で会員制キャンプ場を運営してきた。今回のHINOKO SHELTERでは、小屋という最小単位の建築に、自然との共生という思想を凝縮させた。
県道から階段を降りると現れるモダンでスタイリッシュな小屋。
建物の柱や梁には檜原村の木材を使用し、壁には檜原村の土を混ぜて左官仕上げを施した。建設にあたっては、北欧の国々で見た建築物を参考にしたという。
「フィンランドの国立公園にあった誰でも自由に使える休憩小屋では、人々が思い思いに過ごす姿がとても印象的でした。もうひとつは、アイスランドの石造りの古い建物。屋根には苔や藁が使われていて、まるで風景の一部のように感じられたんです。HINOKO SHELTERも、そんな“自然と一体になれる小屋”を目指しました」(増田さん)
オープンスペースと生活スペースは段差のないフラットな構造。外と中をシームレスに繋いでいる。
草屋根の一部はあえて芝生を剥ぎ、檜原村に自生する植物を植栽。周辺環境との調和を図っている。
敷地内は「IWASUNA」と「KITONE」という2つのサイトに分かれており、それぞれが一日一組限定の貸切制。周囲の自然に溶け込むように配置されたサイトには、清潔で快適な宿泊スペースやダイニング、サウナ、サニタリーが装備されている。
オープンスペースには、大きなファイヤーピットと薪割り専用ギアを完備。火をおこし、火と過ごすための設備が丁寧に用意されているのが印象的だ。
「当施設は会員制で、会員になる際に使い方や大切にしていることを現地でレクチャーしています。薪割りから火おこし、火の後始末まで、すべてセルフでやっていただいています」(増田さん)
寝袋やマットはレンタルすることができる。
さらに、施設から石段を降りるとプライベート感あふれる河原へとアクセス可能。サウナの後に川で身体を冷やしたり、夏には水遊びを楽しんだりできる。渓流釣りもこのエリアの魅力のひとつで、「実はこの辺り、谷が深くて釣り人も入れないから穴場なんですよ」と増田さんは笑顔で教えてくれた。
施設内には、南秋川を見下ろすウッドデッキを完備。こちらも檜原村の木材を使用している。
苔むした岩肌と澄んだ水。南秋川には手つかずの自然が今も息づく。
火を“焚べる”ことで得られる、自然の叡智
HINOKO SHELTERの室内に設けられた暖炉。内にこもって火と向き合う時間もここならではの魅力だ。
HINOKO SHELTERの最大の特徴は、火を通じた3つの体験──焚き火、薪ストーブ式サウナ、暖炉──を、自由に楽しめることだ。敷地内には乾燥された薪が用意されており、好きなときに好きなだけ、火と向き合う時間を過ごすことができる。
「薪が湿っていたり、太すぎたりすると、うまく火がつかないこともあります。試行錯誤しながら火をおこす過程には、自然の知恵が詰まっています。私たちはそれを“自然の叡智”と呼んでいて、そうした学びのある体験を、焚き火を通してお客様にも感じていただけたらと思っています」(増田さん)
心地よい木の香りが漂うKINONEサイトのサウナ室。自分で薪を焚べて温度調節を行う。
中でも会員から人気が高いのが薪ストーブ式サウナだ。室内のデザインはサイトによって違い、KITONEサイトは木の根をモチーフにしたデザイン。ベンチには施設を作るときに伐採した丸太を六角形に組み合わせ、視覚的にも楽しい空間に仕上がっている。一方、IWASUNAサイトは檜原村の土を混ぜた左官仕上げで、岩に囲まれたようなモダンな空間だ。それぞれのサイトで異なる趣を持ち、訪れるたびに新鮮な体験ができるのも魅力のひとつだ。
IWASUNAサイトのサウナ室は寝転べるスペースも確保。
「着火剤を使えば簡単に火はつきますが、あえて手間をかけて薪を割り、火を育てる。その工程こそがこの場所の価値なんです。火を囲んで語り合ったり、静かに向き合ったりする時間は、きっと何ものにも代えがたい特別な体験になるはずです」(増田さん)
薪は県道沿いの専用駐車場に常時ストック。必要な量をキャリーバッグに詰め、サイトまで運んでくるシステムだ。
森と過ごす、くつろぎと創作の時間
森に囲まれた空間で、ヒンメリづくりに没頭する時間が流れる。
HINOKO SHELTERでは、焚き火やサウナといったダイナミックな体験だけでなく、静かに自然と向き合う創作の時間も大切にしている。そのひとつが、フィンランドの伝統装飾「ヒンメリ」の制作体験だ。
「ヒンメリは、麦わらやストローを糸でつないで作る幾何学的なモビールです。実は檜原村に、麦わらのストローを生産されている方がいらして、そのご縁からヒンメリアーティストと協力し、オリジナルの制作キットを開発しました。組み立ては意外と難しく、大人でも1時間は集中して取り組めます。自然の音に耳を澄ませながら、ものづくりに没頭する時間をぜひ楽しんでください」(増田さん)
ヒンメリの制作キットは、宿泊小屋に常備しているのでオンライン決済で購入可能。
HINOKO SHELTERの宿泊は、チェックイン12時/チェックアウト10時の最大22時間滞在が可能。基本はセルフスタイルで、食材や飲み物は持ち込み制だが、食器やカトラリー、最低限の調理器具は完備されており、自由な過ごし方ができる。
アウトドアクッキングを楽しむのも良し、読書にふけるのも良し──気の向くままに森の時間を満喫できる。
小屋の中にはシンクと調理スペースを完備。2人で同時に作業できるゆとりもある。
ファイヤーピットでは焚き火料理にも挑戦できるほか、室内にはカセットコンロもあり、ダイニングでの調理も可能。
フラットで地続きな空間から見える自然は、屋内なのにまるで外のような感覚を味わえる。
「会員の多くは東京都心部にお住まいの方です。アクセスの良さからか、宿泊と日帰りの利用はほぼ半々。平日にサウナだけを楽しみに来られる方や、空いているスペースにテントを張ってプチキャンプをされる方、二家族で敷地をまるごと貸し切って使われる方もいらっしゃいます」(増田さん)
この場所からはじまる、火と自然の新しい関係
HINOKOディレクターを務めるトレイルヘッズの増田桃子さん。「英語対応できるスタッフもいますので海外の方もお気軽にご連絡ください」
「今後は周辺の施設や事業者とも連携して、様々な体験プログラムを提供する予定です」と増田さん。檜原村内でアロマを作る蒸留所の見学ツアーや、大きなタイヤチューブを使った川下りなど、自然を活かしたアクティビティも検討しているとのこと。滞在後の檜原村観光としても魅力的だ。
そんな未来を見据えつつ、HINOKO SHELTERが大切にしているのは、“自然と火”を通じた新しい関係性の提案だ。
「檜原村の魅力は、東京とは思えないほど手つかずの自然が残っていること。HINOKO SHELTERは、グランピングのように至れり尽くせりでも、山小屋のようにストイックでもありません。その中間にある、“自分たちで工夫しながら過ごす楽しさ”を味わえる場所です。ここで過ごす時間が、訪れる方々にとって自然の叡智に触れるきっかけとなり、心の豊かさを育むものになればと願っています」(増田さん)
焚き火に薪を焚べる。そのシンプルな行為のなかに、自然との対話がある。HINOKO SHELTERは、そんな時間を求める人に、静かに火を灯す場所だ。
都道沿いの木製看板が目印。細いスロープを下るとプライベートスペースにアクセスできる。
各サイトのオープンスペースにはテントを張れるスペースもあり、持ち込みでの設営も可能。
HINOKO SHELTER
住所:東京都西多摩郡檜原村5647 【地図】
営業時間:宿泊 12:00〜翌10:00、日帰り 12:00〜21:00
利用料金:平日(宿泊)45,000円、(日帰り)35,000円
土日祝(宿泊)60,000円、(日帰り)50,000円
※ハイシーズンは一律20%アップ
定員:各サイト8名(小屋内3名+テントスペースあり)
利用条件:会員制(年会費13,000円)
予約:会員登録後、予約サイトから90日前より予約可能
URL:http://hinoko.jp
※本内容は、「(公財)東京観光財団 アドベンチャーツーリズム推進事業助成金」を活用して実施しています
文/まついただゆき 写真/湯浅立志