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時速300kmの“空飛ぶ船”日本導入へ! JALが挑む、持続可能なイノベーション

時速300kmの“空飛ぶ船”日本導入へ! JALが挑む、持続可能なイノベーション

サスティナブルな地域公共交通のため、世界各地で新たなモビリティサービスの可能性が模索されています。そうした中、注目を集めているネクストモビリティが「電動シーグライダー」です。開発しているのは、2020年にアメリカで設立されたスタートアップ企業REGENT Craft(以下、REGENT社) 社。最高時速300kmで飛行する速達性や、100%電動によってゼロエミッションを実現することから、各国企業が協業や出資に乗り出しています。

日本を代表する航空会社、日本航空株式会社(JAL)も、 2022年10月に同社のCVC(Corporate Venture Capital/企業が自社資金でファンドを立ち上げ新興企業に出資・支援を行う活動)「JAL Innovation Fund」がREGENT社へ出資し、電動シーグライダーの社会実装に向けた包括連携協定を締結しました。日本航空株式会社 事業開発部 新規事業戦略推進室長(JAPAN AIRLINES VENTURES ゼネラルマネジャー)の籔本祐介さんに、電動シーグライダー事業の概要や未来像などを取材しました。

By AAJ Editorial Team

“地面効果”で低燃費・低環境負荷を実現

“地面効果”で低燃費・低環境負荷を実現

まず、電動シーグライダーとは、どのような乗り物なのかをうかがいました。

「モビリティの種類としては「船」なのですが、水上を飛行するため“空飛ぶ船”とも呼ばれています。FLOAT(フロート)、FOIL(フォイル)、FLY(フライ)と3つのモードを駆使できるのが大きな特徴です。例えば東京湾のような多数の船舶が行き交う場所では、船としてフロートモードで移動します。次にフォイルは、混雑した海域を抜けた外洋域などで使うモードです。水中翼を使いつつ機体を浮上させて航行できるため、水の抵抗が大幅に削減され、フロートモードよりも高速で推進できます」

フォイルモードは、一部の地域で運航している高速船やジェットフォイルと同じです。

「そして、最後のフライは文字どおり、水上から完全に浮き上がって、最も速く航行できるモードです。ただ、水上の10mほど上の高さを飛び続け、航空機のような高度までは到達しません。水面すれすれを飛ぶ理由は、翼と水面の間に閉じ込められた空気のクッション”Ground Effect(地面効果)”を得るためです。水面近くを飛行している間は、翼が受ける揚力(飛行機が進む方向に対して上向きに働く力)とその反動をうまく活用することで電気消費量が大幅に低下し、燃費性能が大きく向上します。現在開発中の船体 『Viceroy』は、一回の充電で最大約300km航続可能。最高時速は約300kmで、航空機やヘリコプターより30db程度静かと言われております。乗客12人+乗員2人を乗せられ、約1600kgの貨物を運ぶことができます」(籔本さん、以下コメントはすべて同じ)

また、既存の港湾施設を使って発着できるため、導入に当たって新たな設備投資 を軽減できる点も長所とのこと。

「両翼約20mのため、一般の小型船に比べるとスペースが必要になりそうですが、既存の浮遊式デッキに接岸し、乗降していただけます。また、基本的に「船」なので、航空機のような厳重なセキュリティーチェックは不要との 想定で、バスや電車のように気軽に乗っていただく、日常的な交通手段として運用できるものと考えています」

どのような環境が電動シーグライダーの運航に適しているのでしょうか。

「日本は複雑に入り組んだ海岸線や、海、湖で分断された陸地が多い国です。海上、湖上の直線距離ならそれほど遠くないにも関わらず、陸路を大回りしないと行き来できない土地が少なくありません。例えば、東京湾アクアラインの開業前、川崎から木更津に行くには、高速湾岸線などを利用して約90分を要していました。それが東京湾アクアラインの開通によってわずか約30分で結ばれ、移動の利便性が飛躍的に向上したわけです。このような場所は日本にはまだたくさん見られます。滋賀県の琵琶湖、島嶼部が多い大分、長崎、鹿児島や沖縄、瀬戸内海に面した県などが想定できます。実際、それらのうちいくつかの自治体からの問い合わせをいただき、私が現地に出向いて、電動シーグライダーの可能性についてお話をさせていただく機会も増えています」

地域公共交通の課題を解消、愛されるインフラを目指す

続いて、JALのCVC「JAL Innovation Fund」が、REGENT社へ出資するに至った経緯をうかがいました。

「私は現在の部署に着任する2023年度以前は、シリコンバレーでイノベーションの関連業務を担当し、CVCの運営、協業などを推進していました。電動シーグライダーとの協業は、2019年、コロナ禍が始まる前のある日、SNS経由でREGENT社のCEOから私に送られてきた100ページ超の企画書から始まりました。REGENT 社のCEO・Billy Thalheimerはボーイング社や宇宙開発企業のブルーオリジンなどで経験を積んだ第一級のエンジニアで、彼のほかにも非常に優秀なスタッフがそろっています。当初は、新たな“空飛ぶ船”について、技術的な部分など、すべてを理解することはできませんでした。それでも、経済性や環境性、安全性などを総合的に考えて、これは日本への導入を検討するに値するプロジェクトであると判断したのです。そしてCVCのパートナーVCなどとも相談を重ねた上で、2022年の出資に至りました」

日本への導入を本格的に検討するフェーズに入ったのは、冒頭で述べた包括連携協定を締結した2023年度から。JAL同様にREGENT社に出資をしている日系企業の HIS、商船三井との情報交換や、前述した電動シーグライダーの運航に地域交通の課題解決を期待する地方自治体、さらには国土交通省とのコミュニケーションを進めているそうです。

「思いとしては、長年にわたって地域公共交通に課題を抱えていた地域に、満を持して電動シーグライダーを導入し、持続可能な新規事業に育てていきたい。 その後、安定的に需要を勝ち取っていければ理想的です。そのためには、運航開始後の部品のサプライチェーンや整備体制の構築、発着点となる地元自治体との調整、さらに事業に関係する省庁やさまざまな企業、団体の方々に対して、電動シーグライダーを核としたビジネスが成立・存続すると証明していく必要があります。我々は航空事業を70年あまり継続してきた中で、安全運航を基本に、徐々に路線を広げ、国内各地、世界各国・地域の皆さまからの信頼を積み上げてきました。電動シーグライダーの事業においても長年培ってきた技術やノウハウ、アセットを活用し、愛される交通インフラとしての可能性を探っていければと考えています。」

ただ、日本の場合、他国に比べると新たな技術や制度を導入する際、国の認可取得やローカライズに時間がかかる側面もあります。現在、REGENT 社は、既に世界各国の船舶や航空会社などから500を超える船体を受注しており、急速にグローバル化を進めているとのこと。日本市場が後回しとなってしまうような事態にはならないのでしょうか。

「今後の動向には注視する必要はあるものの、その可能性は低いと考えています。 確かに海外のスタートアップ企業は早い意思決定を求める傾向が見られますし、なかにはスピード感がないと判断されると投資をさせてくれないスタートアップすらあります。しかし、REGENT 社は先ほど申し上げた100ページ超の企画書を送ってきた時点から、日本市場のポテンシャルを高く評価してくれていました。日本が経済的に安定していること、電動シーグライダーによる新規の航行ルートを開拓しやすい地形が多いこと、さらに日本の大手航空会社と組むことに対する価値も感じているのだと思います。技術の確かさだけでなく、日本ならではの事情を理解してくれている点でも、彼らは我々にとって重要なパートナーだと思っています。 」

非航空領域も果敢に開拓、JALの挑戦は続く

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今後の「電動シーグライダー・日本就航」へ向けたロードマップについてうかがいました。

「来るべき日本への導入に向けて、非常に重要な試金石となる実証実験が2025年6月、アメリカのロードアイランド州で始まります。先述した乗客12人+乗員2人と同じキャパシティの試験船で飛び、バッテリーの消耗具合、天候や波などの環境変化への対応など、安全な運航性能を裏付けるさまざまなデータを取得することが実験の目的です。成功して必要なデータを得られれば、国土交通省はもちろん、国内の自治体や関係企業、団体にもポジティブなイメージを与えられると思います。実験に対して、我々は直接のマネージはできませんが、REGENT 社はこれまで彼らが設定してきた開発スケジュールを順調にクリアしてきていますし、資金調達もほぼ滞りがありません。そうした実績を踏まえると、この6月の実験には大いに期待ができると思います」

REGENT社は、2026年内 にハワイ諸島を拠点とするモクレレ航空に世界で初めて電動シーグライダーを納入、就航させると発表しています。さらにその後、2027年を目途にニュージーランド、その後、中東地域へ就航する計画もあるそうです 。なお、現在の船体・Viceroyは乗客12人+乗員2人ですが、2030年以降は、一気に100人近くが搭乗できる大型船の製造も予定しているとのこと。そうなれば世界各地からの注目度がますます高まるのは必至です。

「具体的に何年とは申し上げられないのですが、ニュージーランドおよび中東の後に日本での就航が可能か検討をしていきたいと考えています。 仮に国の承認や地域の受け入れ態勢の構築が早まったとしても、タイムラグが生じることのないよう、可能な検証、検討を 進めていく計画です」

最後に、電動シーグライダーの事業化を推進する拠点となっている、JAL Innovation Lab(ラボ)についてもお聞きしました。

「社内外の知見を活かして、新しい付加価値やビジネスを創出するオープンイノベーションの拠点として2018年4月に設立しました。場所は天王洲の運河沿いで開口部が広いこともあり、非常に開放的な環境です。JAL本社から徒歩5分ほどと近いのですが、雰囲気は全く異なるので、“ゼロイチ”を創ろうというマインドに切り替えやすいですね。ここで仕事をしているのは、私が所属する事業開発部 のスタッフのほか、協業するスタートアップ企業や大企業の皆さま、またJALグループ社員などさまざまで、イノベーションに資するワークショップやミーティング、壁打ちなどにも使用されています。ここは単なるコワーキングスペースやショーケース的な場所ではなく、新たなイノベーションを起こす場であると考えています。 」

さらに、ラボは社外パートナーとの出会いの場としても機能しています。社外向けビジネスコンテスト「JAL WINGMAN PROJECT 」や、異業種交流や意見交換で新規事業開発のアイデア創出、ネットワークを構築するためのイベント「Lab CROSS」なども開催しています。

電動シーグライダーのようなネクストモビリティだけでなく、宇宙領域、GX関連など、さまざまな領域への挑戦も続けていきます、と力を込めて話す籔本さん。航空事業にとどまらない、JALのさらなるイノベーションの登場が期待されます。


【Profile】
籔本 祐介(やぶもと・ゆうすけ)

日本航空株式会社 事業開発部 新規事業戦略推進室長(JAPAN AIRLINES VENTURES ゼネラルマネジャー)
2001年日本航空株式会社入社。営業、経営企画、広報などを経て、2018年JALグループの新規事業を担う事業創造部に着任、シリコンバレーに赴任。シリコンバレー投資戦略室室長として「JAL Innovation Fund」運用や情報発信を中心に、海外における新規事業の企画、推進に携わる。2023年4月より現職。


Photo/Hirohide Yamada
Text/Katsumi Yasukura

AAJ Editorial Team

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