LCCとフルサービスキャリアの中間、ANAグループの第3ブランド『AirJapan』が背負う使命
日本政府観光局によると、2024年の訪日外国人旅行者数の累計は 3600万人を突破し、1964年の統計開始以来、過去最多となりました。2030年の政府目標である6000万人も視野に入る一方、一部のエリアではオーバーツーリズムによるさまざまな問題も発生。持続可能な観光地域づくりは、今後、より一層切実な課題になりそうです。
こうした状況のなか、2024年2月に就航したのがANAグループの新ブランド「AirJapan」です。格安航空会社「LCC」と、ANAやJALといった「フルサービスキャリア(FSC)」の間を意識した「第3ブランド」の戦略、展望などを取材しました。
機内から日本を感じられる仕掛けも多数
こうしたおもてなしのマインドや情報発信もさることながら、機内環境の充実度もAirJapanの特徴です。
「特に好評なのはシートピッチの広さです。機材は中型機であるボーイング787-8型機で、座席はすべてエコノミークラスの324席としたため、海外FSCの一般的なエコノミークラスと同等以上の32インチ(約81cm)を確保しました。加えて、競合他社に比べて2倍近く深く倒れるリクライニングシートもあり、タイやシンガポールと日本を結ぶ6~7時間のフライトでも快適に過ごしていただけます」(江﨑さん)
機内に入った瞬間から日本を五感で味わい、日本への旅気分を一気に盛り上げるための仕掛けも多数。
「ボーディングミュージックに、東京藝術大学との産学連携プロジェクトによるAir Japanオリジナルの楽曲『あい』を使用しています。尺八や箏などが奏でる、日本らしさを感じさせる音色です。制服は客室乗務員が企画段階から参画し、これも日本独特の『結び』『重ね』をモチーフにしたデザインを採用しました。機内食も客室乗務員8名のプロジェクトチームの情報、アイデアなどを活用し、『空飛ぶ物産館』として日本各地の特産品を材料とした機内食13種や、搭乗当日に機内で購入できるアルコール、ソフトドリンク、軽食、スイーツなど56種を販売しています。いずれも高評価をいただいておりまして、一便で平均3~4割近くのお客様にお買い求めいただいています。ちなみに『搭乗したらそこはもう日本!』というコンセプトは、私がANAの国際線事業戦略を担当していた頃に知見を深めた、某航空会社の機内サービスにかなりインスパイアされて創ったもの。ハワイのローカルフードやドリンク、ハワイアンミュージック、レインボーの照明、ハワイらしさ溢れるデザインの制服に身を包んだ客室乗務員……そう、ハワイアン航空です(笑)」(江﨑さん)
さらに、お客様ニーズの多様化に応じて持込手荷物の数や重量、座席指定の有無、機内食の希望などで運賃を変えられるカスタマイズプランも特徴。合わせて、タイで普及しているQRコード払いの仕組みも導入しており、運賃支払いの利便性向上も進めています。
「プロモーションで重視しているのは、東南アジア現地での活動です。例えばJNTOがバンコクで主催した訪日旅行フェアなど現地の催し物へ積極的に出展するようにしています。また、タイやシンガポール、韓国において日本好きの方々が集まる人気イベントでの広告展開も行っています。直近の例では、2024年9月にバンコクで開催されたJAPAN Volleyball Asia Tourに協賛し、試合会場の至る所にAirJapanのロゴやポスターを配置しました。大会当日はTV中継も現地で行われました。現在、タイでは日本の男子バレーボールが非常に高い人気を誇っており、タイの方々に対してかなり訴求できたのではないかと考えています」(渡部さん)
知られざる地域への貢献も重要なミッション
ところで、AirJapanには航空事業から派生している、もうひとつの重要なミッションがあります。それが「地域貢献」です。
「これには弊社代表取締役社長の峯口の強い想いが込められています。急速な少子高齢化に伴う地方の衰退は、日本の喫緊の課題です。峯口はANA総合研究所に出向していた時に多くの地域活性化事業に携わってきました。その取り組みをAirJapanにおいても継続しています。東南アジアからお客様を日本へお連れし、大都市圏やゴールデンルートだけでなく地方にも足を運んで各地の魅力に触れていただき、リピーターを増やしていくことは弊社の大切な使命です」(渡部さん)
紹介する地域はこれまであまり知られておらず、なおかつ、そこにしかない唯一無二の風景を見られたり、体験ができたりする場所です。例えば新潟県の最南端、長野県境近くに位置している津南町。
「津南町は例年3月でも積雪2~3mという豪雪地帯。この町には、冬の間に降り積もった雪を春に掘り起こして収穫する“雪下にんじん”という特産品があります。雪の下の寒さで凝縮された甘みが特徴で、機内では『雪下にんじんジュース 雪くれない』を販売しています。AirJapanがタイに就航した直後には、川越のバス会社と連携して、埼玉県川越市~津南町のバスツアーを実施。チーム対抗で競争しながら雪下にんじんを掘り起こす体験もしていただきました。参加者の約9割はタイ人で、ほとんどの参加者が雪に触れるのが初めてだったこともあり、このツアーは大成功。にんじんの収穫の様子は現地で客室乗務員が撮影し、オリジナル動画として機内放映とYouTube投稿しています」(渡部さん)
そうした地域はどのように探すのでしょうか。
「客室乗務員からの声や社内、ANAグループ社員、社外のメディアから得られる情報などを活用しています。特に客室乗務員は様々なフライト経験を通じて、まだあまり知られていない日本各地の食文化や観光情報に触れているため、重要な情報源です」(渡部さん)
集めた情報を精査して、各地域に働きかけた結果、現在は、津南町、川越市の他、群馬県みなかみ町、神奈川県小田原市の情報をSNS発信しているほか、新潟、埼玉、和歌山、福井、富山、山梨の酒、ワイン、軽食などを機内で販売しています。
「新しく地域に働きかける際には、地域側の体制を考慮しつつ進めることに留意しています。外国人観光客のための二次交通や宿泊施設の充実度、地域にお住まいの方の賛同、自治体をはじめ地元の方々を巻き込んだ組織があるか、などがポイントです。環境が整っていないのに外国人観光客がたくさん訪れたら、それこそオーバーツーリズムとなってしまいますからね。地域PR、地域ブランドの確立につながるようなお手伝いができれば、ひいては我々にとっても有難いのです。地域との活動を通じてAirJapanブランドの認知向上にもなります。そんな地域、観光客、弊社にとって“三方良し”の関係になれる地域交流を少しずつ増やしていければと考えています」(渡部さん)
将来的には、関西国際空港への就航も計画。関空はANAグループのLCC「ピーチ・アビエーション」の拠点であり、実現後には、AirJapan・Peachの乗り継ぎで、インバウンドの国内移動がよりスムーズになることが期待できます。成田・関空のデュアルネットワーク完成後、地域貢献の可能性はさらに広がるでしょう。
最後に、今後の目標をお聞きしました。
「定量的な目標として、私は『運航路線の拡大』と『事業の黒字化』を掲げます。特に後者は、永続的にビジネスをしていくためには必ず達成しなければならない。運航やサービスなどの品質をさらに磨き、お客様に選んでいただけるエアラインとなり、早期に実現したいと考えています」(江﨑さん)
「私は定性的な目標で『東南アジアの方々が初めて日本へ旅する時、最初に選ばれるエアラインになること』です。AirJapanの選択肢が国内外の皆様に定着して、子ども、孫の世代にも受け継がれていけば理想的ですね」(渡部さん)
【Profile】
江﨑 隆洋(えざき・たかひろ)
株式会社エアージャパン 経営企画部 部長
ANAの国際線事業計画担当として、10年超にわたりネットワークの拡大・強化を推進。ANAグループのLCCであるバニラ・エア(2019年にPeach Aviation株式会社と統合)でも事業戦略を担当。ANA及びANAホールディングスで広報・IRにも従事。2022年4月にエアージャパンに出向。事業戦略や経営企画・経営管理のほか、CS、DX戦略を担う。
渡部 瞳(わたなべ・ひとみ)
株式会社エアージャパン マーケティング部 兼 総務部アシスタントマネジャー
株式会社三菱UFJ銀行のFP・リテール営業、日本航空株式会社にて約10年間、客室乗務員として乗務、地域支援事業にも従事。株式会社JTB総合研究所での地域交流事業を経て2023年12月に入社。広報、地域連携、SNSなども担当している。