LCCとフルサービスキャリアの中間、ANAグループの第3ブランド『AirJapan』が背負う使命
日本政府観光局によると、2024年の訪日外国人旅行者数の累計は 3600万人を突破し、1964年の統計開始以来、過去最多となりました。2030年の政府目標である6000万人も視野に入る一方、一部のエリアではオーバーツーリズムによるさまざまな問題も発生。持続可能な観光地域づくりは、今後、より一層切実な課題になりそうです。
こうした状況のなか、2024年2月に就航したのがANAグループの新ブランド「AirJapan」です。格安航空会社「LCC」と、ANAやJALといった「フルサービスキャリア(FSC)」の間を意識した「第3ブランド」の戦略、展望などを取材しました。
主要ターゲットは東南アジアの中間層
まず、事業戦略などを担う経営企画部部長の江﨑隆洋さんに、新ブランド設立の背景からうかがいました。
「新しいビジネスモデルが必要ではないかという検討は2017年頃からANAグループ内で始まっていましたが、設立を決定した最大要因は、やはり2020年以降のコロナ禍による航空需要の変化です。世界中で人の移動が制限され、代替手段としてオンラインミーティングが飛躍的に進化しました。オンラインでのビジネスが世界中でスタンダードになり、ANAの強みのひとつであった“ビジネス出張需要”の大幅減を招いたのです。コロナ禍の収束後もオンラインでの仕事が定着することで一定程度の出張需要は代替され、短中期的にビジネス需要が完全回復する可能性は低いとの判断から、成長が期待されるマーケットを新たに開拓する必要に迫られました」
そこで着目したのが、東南アジアでしたと江﨑さんは言います。
「コロナ禍となる前年の2019年、年間の訪日外国人旅行者数が3188万人に達したのは、2010年代に東アジアの韓国、中国、香港、台湾から訪れた多くの観光客がけん引した結果です。これにより、東アジアのインバウンドマーケットは飽和状態に近づいています。では、2020年代にインバウンドマーケットの拡大をリードするのはどこか。経済成長や人口拡大により経済的にゆとりのある中間層が増えている東南アジアであると考えています」
また、東南アジアではLCCのシェアが高いため航空機を使った旅行が一般化しており、国内や域内の観光地の次は人気の日本へ行ってみたい…と考える潜在顧客が多数含まれていることも、東南アジアをターゲットとした要因なのだそうです。
「ただ、4時間以内のフライトを想定した一般的なLCCモデルでは、東南アジアの中間層にリーチしづらい。とはいえ、FSCのANAでは、高コストになってしまいます。そこで、航空運賃はLCCに寄せる一方で、品質はFSCに近い“第3ブランド”の必要性が議論されるようになりました。そうした経緯から、ANAグループの新たなブランド『AirJapan』は生まれたのです。2024年2月9日に成田-バンコク線、2月24日には成田-ソウル(仁川)線を開設し、さらに4月26日には、東南アジアの2つ目の就航国としてシンガポールへの運航を開始しました。いまはまだ場所を申し上げられませんが、東南アジア路線は今後も拡充させていきます」
ANAの“黒子”として培ったスキルでCS向上
AirJapanの母体は、20年超にわたってANAのアジア路線の運航を担ってきた「株式会社エアージャパン」。表立って社名を出さず“黒子”的な存在だった故に、AirJapanはさまざまなアドバンテージを得ることができたと江﨑さんは強調します。
「そもそも新しい航空会社を立ち上げるには、国に事業許認可を申請するところから始めなければならず、長い時間とパワーを要します。しかし、グループ内の既存の航空会社を活用したことでそのフェーズは不要になり、「コロナ禍後のインバウンド需要の回復」を見据えて速やかに新ブランドを立ち上げ、就航することができました。加えて強みとなっているのが、20年以上のANAブランドの国際線運航経験がそのままAirJapanに継承されていることです。特に大きいのが、FSCの領域で高評価を得てきたANA品質を満たす客室乗務員の存在。一般的にLCCの客室乗務員は、乗務中は効率性を優先する傾向があります。しかし、弊社の客室乗務員は、長年ANAブランドで磨いてきたホスピタリティやお客様との高いコミュニケーション力という優位性を備えています」
LCCに近いリーズナブルな運賃ながら接客はFSCレベルとなれば、利用者は良い意味で期待を裏切られることでしょう。マーケティング部の渡部 瞳さんが、AirJapan客室乗務員の広いカバレッジと乗客に寄り添う仕事ぶりを説明してくれました。
「就航後、初めて日本へ行くのではないかと思われるご家族連れや、楽しげに過ごしているお客様を機内で見た客室乗務員から『せっかくAirJapan便にご搭乗いただいた機会なのだから何らかの形でお客様とコミュニケーションを取り、より良い思い出をつくっていただきたい』という声があがりました。AirJapanのサービスはANAのようにお食事の時間になったら一斉にサービスを行うのではなく、お客様のタイミングでお食事やお飲み物を提供するオーダー制です。つまり、ANAブランドでは少なくとも一度はお客様に接するタイミングがあるのですが、AirJapanブランドではオーダーいただかなければ離陸から着陸までお客様と一言も喋らないことになります。
そこで客室乗務員6名でプロジェクトチームをつくり、さまざまな試みを行うようになりました。例えば、ANAではお客様のお誕生日や記念日を祝うメッセージカードを用意しているのですが、AirJapanは就航当初LCCのビジネスモデルに寄せたサービスプランだったので用意していませんでした。そこで、AirJapanでも名刺サイズのステッカー兼コメントカードを客室乗務員がデザインして作成、このステッカーにメッセージを手書きして渡すことを始めました。客室乗務員の声を反映させ、スピード感を持ってカタチにできるのも新ブランドとして立ち上がったばかりのAirJapanならではの強みかもしれません。メッセージを書いたステッカーをお渡しした方が日本へのファーストフライトだった場合、非常に喜んでいただけると聞いています。」
何故その方が、初めての日本の旅だと分かるのでしょうか?
「それはANA便の乗務で培ったプロファイリングのスキル“気づきの力”があるからこそです。ANAブランドのフライトで多国籍・多様な年代のお客様をおもてなししてきた経験から、お客様が空の旅に不慣れである、親子や親戚、友達同士のグループである、新婚旅行である、といったことは自然と察することができます。
また、2024年の夏休み1ヵ月間、AirJapan独自のイベントとして、客室乗務員自ら企画、製作した花火が空を舞う動画をプロジェクターで投影し、『空の上の夏祭り』を開催。その際には特注の法被を着て『機内壁面に映っているのが日本の夏の風物詩の花火で、今私が着ているのは“HAPPI”という日本のトラディショナルウェアなんですよ』と演出、それがお客様との会話を楽しむきっかけにもなったようです。これも『ANA便のようにAirJapan便でもお客様ともっとコミュニケーションを図りたい』という客室乗務員の想いをカタチにした取り組みです。お客様にとっては予期せぬポジティブサプライズとなり大変好評でした」
ほかにもAirJapanの客室乗務員は、海外の方々に日本らしさを味わっていただける機内食の開発も手がけました。さらに、機内で販売している日本酒や梅酒の製造工程や作り手の想いをまとめた動画、日本の代表的な観光地から穴場のスポットまで各地を紹介する機内放映動画やYouTubeコンテンツも客室乗務員が企画、構成、撮影まで行っています。動画は手作り感があり、親しみやすい内容で、外国人旅行者にも好評を博しているそうです。