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小笠原諸島のサステナブル・ツーリズム Part. 2 父島/イルカ個体識別プログラムへの参加を通じて「責任ある観光」を

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小笠原諸島のサステナブル・ツーリズム Part. 2  父島/イルカ個体識別プログラムへの参加を通じて「責任ある観光」を

小笠原諸島は、東京から約1000キロ南方に位置する島々で、本土からの唯一の交通手段は24時間の船旅です。1972年に国立公園に指定され、2011年にはユネスコの世界自然遺産にも登録されました。希少な昆虫や鳥類、海洋生物などの固有の生態系を守るため、観光客と地元住民には厳しいルールの遵守が求められています。

小笠原では、持続可能な観光、すなわちサステナブル・ツーリズムが推進されており、旅行者は地域の自然や歴史、文化を尊重し、持続可能な方法で楽しむことが可能です。私たちが撮影した写真や動画を使ってイルカの個体識別に役立てる取り組みも行われているのです。

第2回は、小笠原の自然環境や歴史・文化に親しむ機会の提供、地域資源の保全と適正な管理、そして地域振興への貢献を同時に実現しようとする人たちの姿を紹介します。

取材のダイジェスト動画はこちら

【 Islander①】ミナミハンドウイルカの個体識別調査を通じた保全活動の推進/辻井浩希さん(小笠原ホエールウォッチング協会 主任研究員)

【 Islander①】ミナミハンドウイルカの個体識別調査を通じた保全活動の推進/辻井浩希さん(小笠原ホエールウォッチング協会 主任研究員)

小笠原ホエールウォッチング協会では、自然環境保全と観光とのバランスを図るため、調査研究などから必要な情報を生み出し、さらにはエコツーリズムの推進を目的としたモニタリング事業を行っています。また、調査研究によって明らかになった情報の発信のほか、ガイド養成事業、観光客の満足度向上のための事業も行っています。

小笠原ホエールウォッチング協会が行っているのが、「ミナミハンドウイルカの個体識別調査」です。2003年以前に識別された個体を含め、2023年までに累計303頭が識別されています。調査の目的について、小笠原ホエールウォッチング協会主任研究員の辻井浩希さんはこう語ります。

「個体識別調査を継続的に行うことによって、ミナミハンドウイルカの生息環境や個体数、各個体の成長、行動などに関する理解が深まります。そして、調査によって得られたデータをもとに、ホエールウォッチングやドルフィンスイムの際の自主ルールを策定するなど、効果的な保全活動につなげることができるのです」

▲辻井さんは、地元の人々や観光客に向け、クジラやイルカの生態についてのセミナーを開催している。

個体識別調査は、具体的にはどのように行われるのでしょうか?

「主に水中で撮影したイルカの写真や動画を分析し、体にある傷跡と、尾びれや背びれの形態的な特徴をもとに個体を識別します。そのデータを過去の観察データと照合することで、家族関係や移動範囲、出産間隔、子育ての期間などがわかるのです。識別された個体には、その特徴から『シロマユゲ』『ワンスター』などの名前が付けられています」

研究チームが長年かけて収集した情報や写真、ビデオ映像は、地元の人々や観光客向けの教育資料に使われています。
辻井さんは、観光客やツアーオペレーター、ガイド、地元の人たちにも、自身が撮影した写真や動画をデータベースに追加することで、ミナミハンドウイルカの個体識別に協力して欲しいと考えています。

「今はアクションカメラなどで誰もが気軽に写真や動画を撮影できます。こうしたデータが個体識別に役立つことを知り、積極的に参加してもらうことで、環境保全活動への理解を深めていただけたらうれしいですね」

さらに辻井さんは、観光資源であるミナミハンドウイルカの個体識別体験プログラム「小笠原イルカレクチャー」を実施しています。

「勉強会というとお堅いイメージですが、『小笠原イルカレクチャー』では、イルカの生態や観察ルール、個体識別調査のことについて楽しみながら学べる勉強会を行っています。

内容は1時間程度で、小笠原の海に暮らすミナミハンドウイルカの生態や観察方法についてのレクチャーを行い、実際にイルカの個体識別カタログをご覧いただきながら、個体識別を体験してもらえるものです。観光客も島民も誰でも参加可能ですが、話の内容的には中学生以上が対象になります」

▲実際に実施された「小笠原イルカレクチャー」。観光客や島民なども参加している。

ミナミハンドウイルカの個体識別展示および体験設備の作成

小笠原ホエールウォッチング協会では、ミナミハンドウイルカの個体識別に関する展示および体験設備を施設内に作成しています。辻井さんは展示品の準備にかけた思いをこう語ります。

「当協会が長年実施してきたイルカの個体識別調査のことを皆様にもっと知っていただきたい、さらには、より多くの研究データを得るために、ドルフィンスイムツアーに参加される皆様のお力もお借りできないかと常々考えていました。

そこで今回、普及啓発と調査成果の還元を行うと同時に、皆様にも実際にイルカの個体識別を楽しんでいただける展示を作成することにしました。皆様に展示設備をご活用いただくことで、小笠原のイルカや調査研究への興味と理解を深めていただき、それが、小笠原のイルカの保全につながればと思っています」

▲父島にある小笠原ホエールウォッチング協会の施設では、ミナミハンドウイルカ個体識別に関して、タブレットやパネルで詳しく知ることができる。

展示のメインは、これまでに識別されているミナミハンドウイルカ全個体を収録したデータベースですが、まずは、ミナミハンドウイルカの生態と長年実施している個体識別調査についての解説パネルを通して、イルカのことを知っていただきたいと辻井さんは説明します。そして、個体識別データベースにも触れていただくことで、これから会えるかもしれないイルカ、または、出会ったイルカについてさらに興味を持っていただきたいと考えています。データベースの内容は、随時最新情報に更新していく予定です。

「責任ある観光」の推進のための小笠原ルールブックPR動画制作・放映

小笠原ホエールウォッチング協会は、「責任ある観光」を推進するための小笠原ルールブックPR動画も制作・放映しています。この動画の制作にあたっての思いについて辻井さんはこう語ります。

「小笠原には貴重な自然環境とそれらを守るための多くのルールがあります。小笠原の豊かな自然を将来につなげていただくため、島を訪れる皆様にもそうしたルールの存在を知っていただき、一緒になって自然環境を守ってもらいたいという思いで、今回の動画を作成しました」

▲貨客船「おがさわら丸」の船内(4デッキ・デジタルサイネージ)にて動画が放映されている。

この動画では、小笠原の自然環境を守るためのルールがわかりやすく紹介されています。例えば、イルカやクジラを観察する際のルールや、環境保全に対する具体的な行動が示されており、観光客が小笠原の自然を楽しみながらもその保護に貢献できるようになっています。

現在、この動画はおがさわら丸の船内で放映されており、辻井さんは、この動画を通じて多くの人に小笠原のルールを知ってもらい、自然環境の保全に対する意識を高めてもらいたいと考えています。「小笠原の豊かな自然を未来の世代に引き継ぐために、観光客の皆様にも積極的にルールを守っていただき、一緒に自然環境を守っていきたいと思います」と語りました。

【 Islander②】クジラやイルカにとって快適な生息環境を守りたい/高橋尚人さん(小笠原ホエールウォッチング協会理事・オーシャンマジック代表)

【 Islander②】クジラやイルカにとって快適な生息環境を守りたい/高橋尚人さん(小笠原ホエールウォッチング協会理事・オーシャンマジック代表)

ホエールウォッチングやドルフィンスイムのツアーを企画運営する会社「オーシャンマジック」を経営する高橋尚人さんは、学生時代の1997年に初めて父島を訪れ、小笠原の海とそこに暮らす生き物に魅了されて移住を決意。父島最大手のツアー会社で21年間実務経験を積んだ後、2019年に独立しました。その豊富な経験から、現在では高橋さんの船がシーズン中にマッコウクジラと出会える確率は「8割以上」と語ります。

「ツアー会社に勤務している頃は、お客様が乗っている本船より数時間前に現地に到着し、マッコウクジラがいる場所を探しておくのが私の仕事でした。マッコウクジラが生息する海域に行った回数は、おそらく1000回を超えているでしょう」

小笠原のツアーオペレーターたちは、クジラやイルカを保護し、持続可能な観光利用につなげるため、小笠原村観光協会や小笠原ホエールウォッチング協会と協調して、ホエールウォッチングやドルフィンスイムの際の自主ルールを策定しました。

「彼らはもともと広い海で自由に暮らしている生き物。人間が船の上からのぞき込んだり、海中に入って近づいたりすることは、少なからずストレスを与えることになります。一方、人間にとって、クジラやイルカたちと間近に接する経験は、時には人生観を変えてしまうほどの深い感動を与えてくれます。そんな感動を多くの方に味わってもらうことができるのは、小笠原のツアーオペレーターに与えられた特権だと思っています。だからこそ、イルカやクジラにストレスを与えるような行動は避けなければなりません」


その自主ルールとは、どのような内容なのでしょうか?

「例えば、ホエールウォッチングでは、20t未満の小型船の場合、クジラから300m以内を減速水域、100m以内を侵入禁止水域と定め、クジラの進路や行動を妨げないようにする。ドルフィンスイムでは、ひとつのイルカの群れに近づくことができる船は4隻まで、さらに1隻のボートから海に入ることができる回数は5回までとする、などの規定を設けています」

そして、ツアーオペレーターだけでなく、ツアー参加者が船上から撮影した写真や動画も、小笠原ホエールウォッチング協会に提供され、生態研究や保全活動に役立てられます。


「父島にあるホエールウォッチング協会がある建物内では、実際の個体識別に役立てられた写真などが展示され、ミナミハンドウイルカの特徴・生態を知ることができます。ツアー参加者も、自分が撮影した写真や動画が、クジラやイルカの保全活動に貢献していると感じることで、より充実した体験となることでしょう。そして、こうした体験を通じて参加者の環境保全意識が高まることによって、将来にわたってツアーを持続的に開催することが可能となるのです。小笠原の海の魅力を多くの人に感じてもらうためにも、クジラやイルカにとって快適な生息環境を守っていきたいですね」

▲高橋さんは、毎年小笠原諸島を訪れるクジラやイルカの個体を認識しているという。

▲ツアーオペレーターたちは、イルカをツアー参加者との交流のストレスから保護するため、自主ルールを順守している。

父島の起業家たちが、より力強い未来づくりに貢献

父島の起業家たちが、より力強い未来づくりに貢献

▲1月から4月にかけて、ウェザーステーション展望台はザトウクジラの絶好の観察スポットです。

野瀬もとみさんは、父島で「野瀬ファームガーデン」を営み、コーヒーや香辛料などを栽培しています。野瀬さんは、第二次世界大戦中の1944年に島からの疎開を強いられた父・昭雄さんからこの農園を受け継ぎました。農園で育てているような作物の栽培は非常に難しく、特にコーヒー生産者が少ない日本で大きな注目を集めています。

▲「小笠原コーヒーの魅力を知ってもらうため、観光客に収穫から試飲までを体験してもらうツアーも開催しています」(野瀬さん)

農園は小笠原諸島の自然保護にも積極的で、野瀬さんは父島の豊かな自然環境を守るために無農薬での栽培を行っています。農園での活動を通じて、観光客に自然保護の重要性を伝えています。野瀬農園のツアーでは、コーヒーの収穫や焙煎体験を通じて、訪れる人々に小笠原の自然と調和した持続可能な農業の実践を紹介しています。

明治11年、日本国内で初めてコーヒー栽培が試みられた地「小笠原」。戦争による厳しい環境下でコーヒーの木は絶滅の危機に瀕しましたが、先代が残してくれたコーヒーの木は自然と種を落とし、自生していました。野生の動物は無農薬のコーヒーチェリーを好んで食べ、その後に落ちた実が自然と発芽しているため、農園では無農薬での栽培を続けています。このように、小笠原の自然と調和した持続可能な農業の実践が続けられているのです。

ネイチャーガイドである楜澤忠史(くるみざわ・ただし)さんは、果樹の間で活動する夜行性のオオコウモリを観察するツアーを案内しています。もともとはサーファーとして父島に魅せられた楜澤さんは、もう27年以上ガイドをつとめています。楜澤さんは、父島の動植物や歴史などの知られざる魅力を観光客に伝えるのが楽しいと言います。

▲ネイチャーガイド歴27年のベテラン、楜澤忠史さんは、観光客にとっておきのスポットを紹介します。

【 Islander③】小笠原を「エコツーリズムのモデル地域」に/金子隆さん(父島・小笠原村副村長)

【 Islander③】小笠原を「エコツーリズムのモデル地域」に/金子隆さん(父島・小笠原村副村長)

小笠原村の金子隆副村長は、エコツーリズムや環境に配慮した行動の推進を通じて、小笠原という自然保護区域と、そこに生息する固有生物を保全・保護するための、自治体としての取り組みについて語ってくださいました。

「小笠原では、世界遺産条約のほか、自然公園法、文化財保護法などの法・条例・制度に加え、各団体が『ウミガメに遭遇したときのルール』『オガサワラオオコウモリに関するルール』など地域独自のルールを設けています。村では、こうした各ルールの概要を『小笠原ルールブック』という冊子にまとめて配布するほか、PDFでも公開しています。
こうした啓発活動を通じて、小笠原を『日本におけるエコツーリズムのモデル地域』にすることを目指しています。もちろん、エコツアーガイドや観光関係者との協力も、効果的に啓発するための重要なポイントです」

観光客は、ビーチのプラスチックを拾ったり、環境に優しい製品を使ったり、エコガイドサービスを利用したりすることで、小笠原の海とそこに棲む生き物を尊重することができます。もちろん、写真や動画の提供によって「ミナミハンドウイルカ個体識別プロジェクト」に参加することも、小笠原を訪れる人々が海の生き物について学びながら有意義な旅を楽しむ手段のひとつです。このような観光客としてのポジティブな行動は、地元の経済を支えるだけでなく、小笠原諸島という東京都の誇るユニークな南国の国立公園の保全を支援することにもつながるでしょう。

▲2023年には、今後10年間における自然環境と観光客、地元の人々のそれぞれのニーズを擦り合わせながら発展するための「小笠原村観光振興ビジョン~Ogasawara SMILE Tourism~」が策定されました。

▲小笠原の貴重な自然環境を守りながら自然と親しむためのルールをまとめた「小笠原ルールブック」。PDF版は誰でもダウンロードできる。

イルカとクジラのウォッチング体験で持続可能な観光を推進

小笠原諸島の海でイルカやクジラを観察することは、訪問者にとってこの島々の大きな魅力のひとつです。1980年代にハワイでの海洋生物保護の倫理に基づくルールが確立され、島民たちはアウトリガーカヌーやフラ文化などの活動を通じてハワイ文化とのつながりを持ち続けています。

そして、観光客も保全や持続可能な活動に積極的に参加することができるのです。イルカの個体識別プログラムを通じて、私たちが撮影したビデオや写真が研究に役立ち、ミナミハンドウイルカについて理解を深めることができます。こうして積極的に参加することが、小笠原諸島の大切な自然を守っていくことに大いに役立つのです。

▲父島と本土を結ぶ二見港に停泊するおがさわら丸

▲出航の際は、島民や観光客など多くの人が見送りに来てくれる

【レポーター】ジョイ・ジャーマン=ウォルシュ
ハワイから来日し、1996年から広島で地域ウェブサイト「GetHiroshima」を共同立ち上げ、大学でビジネス、コミュニケーション、観光学を教え、2019年にサステナビリティに特化したビジネスInboundAmbassadorを立ち上げた。ジョイが制作する番組「Seek-Sustainable-Japan」では、日本各地の専門家、作家、職人、企業人などとの470回を超えるインタビューを行っている。

本内容は、公益財団法人東京観光財団の環境配慮型旅行推進事業助成金を活用しています。